大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和29年(う)925号 判決 1954年11月30日

控訴人 原審検察官 船越金太郎

被告人 横溝正男 外一一名

弁護士 牧野良三 外二名

検察官 納富恒憲

主文

被告人等全員に対する原判決を破棄する。

被告人田端乙彦を罰金参万円に、

同横溝正男、同町野善次郎を各罰金弐万円に、

同古賀愛之、同吉住義一、同小室徳松、同坂崎孚、同柳田静雄、同篠塚陽一、同田川鶴吉、同吉武進、同西田明義を各罰金壱万円に、

それぞれ処する。

但し被告人等において右の罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中原審における証人岡田軍次、同井上睦郎、同田上正三(第一、二回)に各支給した分は被告人田端乙彦の単独の、同三村義男(第一、二回)、黒葛原和蔵に各支給した分は被告人横溝正男の単独の、同月足勇記、同越猪三次、同村上二郎、同増永義己(第一、二回)、岩崎義久(第一、二回)、叶信吾(第一、二回)、小山亀友、鑑定人中村慶喜(第一、二回)に各支給した分は被告人横溝正男、同田端乙彦、同古賀愛之の連帯の、証人武末鎮人、同熊谷博臣に各支給した分は被告人横溝正男、同町野善次郎、同吉住義一、同小室徳松、同田端乙彦、同坂崎孚の連帯の、証人西田武雄、同永田勇、同岩永スミ子、同西江清次に各支給した分は被告人柳田静雄、同町野善次郎、同篠塚陽一、同田川鶴吉、同吉武進、同西田明義、同田端乙彦の連帯の各負担とし、当審における鑑定人池茂治、同岩崎茂成に各支給した分は被告人等全員の連帯負担とする。

理由

検察官の控訴趣意は、記録に編綴されている検察官納富恒憲提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、弁護人牧野良三の陳述した答弁は、記録に編綴してある弁護人牧野良三、同沖蔵、沢田有志夫連名で提出の答弁書に記載のとおりであるから、いづれもここに引用する。

同控訴趣意第二点(法令適用の誤)について、

刑法第九十六条の三が国家又は公共団体の行う競売又は入札に関し、これを妨害し、その公正を害すべき行為の可罰性を認め、偽計若しくは威力を用いる妨害行為のほかに、同条第二項において偽計の一種とも見られる談合のうち、公正なる価格を害し、又は不正の利益を得る目的を以てする談合を規定している趣意からすると、不正談合罪に「公正なる価格を害する目的を以てするもの」と「不正の利益を得る目的を以てするもの」との二態様があつて、公正なる価格を害する目的を以てする談合の罪の外に公正なる価格を害する目的はなく単に不正の利益を得る目的のみに出た談合罪の成立する場合があり得ることが明らかである。即ち同条第二項の規定する不正談合罪において公正なる価格を害する目的に出るものは、公正なる価格すなわち、客観的に妥当又は適正価格とは異り、当該入札において自由且つ公正な競争が行われるならば形成されるであらうと推測される観念的な価格を害すること、換言すれば、協定により実質的には競争をなさずして、落札する価格が、右のごとき公正価格以上(但し買受のときは以下)であることを認識(又は未必的に認識)して、敢えて談合する場合に成立し、従つてその公正なる価格を害し、入札施行者に不利益を与える具体的危険の存在することを要件とするに対し、不正の利益を得る目的に出るものは、社会通念上悪質であり且つ不当な額であると見られる金銭その他の経済的利益を得ることを企図して、契約者となるべき者(及び契約価格)に関し協定をなす場合に成立し、従つて不当な利益を以て契約者となる地位が取引されることにより入札の公正が害される危険は抽象的に存在するを以て足り、それが公正なる価格を害することに直接関連することを必要としないものと解すべきである。ただ不正談合の罪であつて、公正価格の侵害と不正利益の取得との両事項を併わせ目的とするものの存することは、容易にこれを認め得るところであるけれども、そのことからただちに、ただ不正の利益を得る目的のみに出る不正談合罪の成立する場合があることを否定することはできない。

ところで、原判決の説示によれば、不正の利益とは公正なる価格を害するに至るべき利益を意味し、談合金の授受が不正の利益となるためには、これにより公正なる価格が害されたことが必要であるとの見解をとつているものと認められるのであるが、かく解するときは同条第二項が公正なる価格を害する目的に出る談合罪のほかに、不正の利益を得る目的に出る談合罪を規定した法意に合致しないこととなり、また原判決は協定により落札者となる者が談合金捻出のため、自己の工事実費に相当の利潤を加えたものに、さらに談合金を加算したものを落札金額とするごとき場合に、不正の利益を得る目的を以てする談合罪が成立するとしているけれども、かかる場合には該目的と公正なる価格を害する目的とを併有するものといい得ること前に説示したところより自ら明白である。

もとより談合金の授受を伴う協定を、すべて不正の利益を得る目的を以てする談合であると断ずることは早計であつて、協定が入札希望者間において、営業上の適正なる価格を維持し、共倒れとなることを防止する等入札者共同の正当な利益を保全し、それが業者の自衛策として許容し得る目的に出たものであるとか、その他特定業者の営業援護のための譲歩という外他意なくしてなされるものであり、且つ授受される利益が社会通念に照し不当と認められない限度のものであるならば、これを不正の利益を得る目的を以てする談合ということはできないことは言を俟たないけれども、右のごとき特別の事情が存せず、当初から談合金の授受そのものを主眼とし、特定入札希望者が談合金を提供することにより、実質的には競争しないで落札者たる地位を獲得し、他の入札者は落札者となる意欲を放棄することの報酬として談合金の分配を受けることを企図して協定がなされ、且つその談合金が当該落札価格、各入札者の工事見積に要した費用その他当該入札における具体的諸事情からして不当に高額であると認められるものであるときは、たとえ、その協定により公正なる価格を害すべきことの認識はなく、また現実には落札価格が公正なる価格の範囲内のものであつても、落札価格に談合金が加算されるとか、工事施行に手加減がなされる惧れなしとしないので、(殊に落札者となるものが当該入札に関し経済的に最も優位な条件に在る者でないときに然り)前に説示した入札の公正という法益侵害の危険性は存し、その違法性を看過すべきでないから、まさに不正の利益を得る目的を以てする不正談合罪が成立するものといわなければならない。

これを本件についてみるに、本件の事実関係は後に論旨第一点に対する判断において説示するとおりであつて、本件公訴事実中第二の熊本中央保健所新築請負工事においては、被告人横溝正男は、該工事の入札資格者として指定されておらず且つこの種工事に関する談合にしばしば関与していることが業者間に噂されていた被告人田端乙彦の幹旋により該工事を落札しようと企図し、指名入札者のうち被告人町野善次郎等四名と交渉したが、いずれも工事施行の意欲が強く、容易に話が纒らぬところから、被告人田端乙彦の勧説により談合金を提供して競争入札を避け、落札者たる地位を獲得すべく、その額について再三折衝を重ねた結果、落札価格の五分と決定し、被告人横溝正男から協定参加の入札者及び被告人田端乙彦に対し右五分に相当する金員を提供し、その入札金額は二百九拾五万八千円を以て入札し、他の入札者はいづれもそれより高額で入札することの協定が成立し、次に本件公訴事実中右入札に引続いて施行された第一の山鹿中学校新築請負工事においても、被告人横溝正男は前同様被告人田端乙彦の協力を得てこれを落札しようと企図し、指名入札者のうち藤井工業の被告人古賀愛之外二名と交渉したが、容易に妥結を見ないため、被告人田端乙彦の勘説により談合金を同人等に提供して落札者たる地位を獲得すべく、その額について折衝して遂に落札価格の三分に相当する金員を提供することとし、被告人横溝正男は三百九拾八万円を以て入札し、他の入札者はそれより高額で入札することの協定が成立し、また公訴事実中第三の八代地方事務所新築請負工事において、被告人柳田静雄は前記田端乙彦の協力を得て落札者となることを企図し、指名入札者被告人篠塚陽一等六名と折衝し、談合金として落札価格の三分を提供することにより落札者たる地位を獲得することとし、その入札金額は五百弐拾万円を以て入札し、他の入札者はいづれもそれより高額で入札することの協定が成立したことが明らかであるから、右各入札においては、いづれも当初から談合金の授受を目的として、落札者を決定することの協定が行われたものであり、且つその談合金額並に各自の分配額は、前示各落札価格、及び記録上明らかな各入札者の工事見積に要した費用との比較その他当該入札における具体的諸事情から考慮して、社会通念上正当として是認し得る範囲を越えたものであることが認められ、右認定を排するに足る事由は記録上見当らないので、右各入札において被告人等が各公正価格を害することの認識があつたか否かを論ずるまでもなく、被告人等の本件各談合行為は、検察官所論のごとく、不正の利益を得る目的を以てなした場合に該当することは、前に説示したところから自ら明白であつて、弁護人等の答弁書所論の不正談合罪の成立を否定する見解には賛同し難い。

それで原判決が判示のごとく説示して、被告人等の本件所為が刑法第九十六条の三第二項に所謂不正の利益を得る目的を以て談合する罪を構成しないものと判定したのは、右法条の解釈適用を誤つたことに帰着するから、論旨は理由がある。

同控訴趣意第一点(事実誤認)について、

原判決は本件公訴事実のうち、第一乃至第三の各建築請負工事の入札に際し、被告人田端乙彦の斡旋により、指名入札者のうち爾余の被告人等が互に通謀して、落札者となるべき者及び落札価格を予定し、落札予定者からそれぞれ他の協定参加の入札者に対し、談合金を提供させる協定を為し、協定参加の入札者達は落札予定者の入札する価格より高い価格で入札して、予定通り各落札予定者に落札させて、提供された談合金の分配を受けていることは認められるが、右各入札について、公正なる価格は如何程に形成されるかということ、従つて各落札価格が公正価格を害すべきものであつたかどうかということが明らかにされておらず、また被告人等に右各談合金の授受により公正なる価格を害するにいたるべきことの認識があつたことの証明がないので、不正の利益を得る目的がある場合に該当しないとの理由で、不正談合罪の成立を否定していることが判文上明らかである。

しかし記録及び原裁判所において取調べた証拠並に被告人等質問の結果を綜合して考察すると、本件公訴事実のうち第二の熊本中央保健所新築請負工事について、被告人横溝正男はその使用人山本義一を通じ、該工事の入札資格者に指名されておらず、且つこの種工事に関する談合にしばしば関与することが業者間に噂されていた被告人田端乙彦に対し、昭和二十四年一月二十一日の入札施行に先立ち、自己が落札者となるよう談合に協力方を依頼し、同人の斡旋により入札当日熊本市花畑公園附近において、指名入札者のうち銭高組を除く西田組の被告人坂崎孚、勝呂組の同小室徳松、吉住工務店の同吉住義一、町野組の同町野善次郎等の業者に、競争入札によらず、被告人横溝正男に該工事を落札させて呉れと交渉し、各業者いづれも工事施行の意思があり、殊に被告人町野善次郎はその隣接工事をしていた関係からその意欲が強く、容易に話がまとまらぬところから、被告人田端乙彦は被告人横溝正男をして、談合金を提供させることを申出で、その額について折衝の途中、被告人横溝正男は一且競争入札により金弐百六拾四万円で入札することを決意し、入札書に該金額を記載した程であるが、結局提供する談合金額を落札金額の一分から三分に、さらに五分に吊上げ、漸く妥結をみ、被告人横溝正男から五分に相当する談合金を提供することにより落札者となることを予定し、その入札価格は金弐百九拾五万八千円とし、他の協定参加の入札者はそれより高い価格で入札することの協定が成立し、該協定を実行して被告人横溝正男は金拾五万円を被告人田端乙彦及び判示入札者等に提供して判示価格で落札者と決定し、他の入札者等は一人当り約参万円の分配を受け、また公訴事実のうち第一の山鹿中学校新築請負工事についても、被告人横溝正男は前回の入札に引続いて被告人田端乙彦に対し、該工事を落札したい意向を告げて協力を要請し、同人の斡旋により同年二月中旬頃熊本市本庄町花畑、民生食堂に山鹿大工組合を除く指名入札者である多々良組の鑪大次郎の代理人緒方某、藤井工業の被告人古賀愛之、西田組の原審相被告人大津港の代理人岩崎義久を集合させて、被告人横溝正男に是非落札させて貰い度い旨交渉し、各業者がいづれも該工事施行の意思があり、殊に多々良組の施行意思が強固であるため、容易に妥結に至らぬところから、被告人田端乙彦から談合金の提供を申出でたが、その額について授受者双方間に折合いがつかず、落札金額の五分から四分、三分と折衝を重ねて漸く双方の歩み寄りが出来、被告人横溝正男から三分に相当する談合金を提供することにより落札者となることを予定し、その入札価格は金参百九拾八万円とし、他の協定参加の入札者はそれより高い価格で入札することの協定が成立し、該協定を実行して被告人横溝正男は金拾弐万円を被告人田端乙彦及び前示入札者等に提供して、前示価格で落札者と決定し、他の入札者等は一人当り約弐万五千円(民生食堂の支払を差引いた額)の分配を受け、さらに公訴事実のうち第三の八代地方事務所新築請負工事について、被告人柳田静雄は該工事の入札日の数日前、熊本県庁前で被告人田端乙彦に出会い、自己が代表する和久田建設株式会社をして落札者たらしめるよう協力を依頼し、同人の斡旋により同年九月一日の入札施行当日の午前中熊本市桜町割烹岩永こと岩永スミ子方において、集合した指名入札者である松尾組の被告人田川鶴吉、篠塚組の同篠塚陽一、溝口組の同吉武進、岩本組の同西田明儀、町野組の同町野善次郎、高藤建設工業の代表者某に対し、被告人田端乙彦、同柳田静雄から和久田建設株式会社に是非落札させてくれるよう交渉した結果、被告人柳田静雄から談合金として落札金額の三分を提供することにより和久田建設株式会社を落札者とすることを予定し、その入札価格は金五百弐拾万円とし、他の入札者はそれより高い価格で入札することの協定が成立し、該協定を実行して被告人柳田静雄は金拾五万六千円を他の入札者及び被告人田端乙彦等に提供して、前示価格で和久田建設株式会社が落札者と決定し、他の入札者等は一人当り約弐万円(岩永における当日の昼食費の支払を差支いた額)の分配を受けた事実が明らかである。因に前示各証拠のうちには、本件各談合において、俗に「出し」或は「ひつかけ」と称する方法を以て談合金の授受がなされたかのごとき各被告人等の供述もあるが、いづれの場合にも落札者となるべき者の入札価格は各入札者に明示され、これに対する一定の割合の金員を提供することを条件として、その者を落札者と予定し、他の入札者はそれより高い価格で入札することが協定されたもので、その実質は業者間における談合形式中の所謂「貰い」と称するものに該当することも明白である。叙上のごとく本件各談合においては、前示のごとき局外者である被告人田端乙彦が介在して、被告人横溝正男は前記第二の入札に引続き第一の入札に際し、前記各他の入札者との間に、また被告人柳田静雄は第三の入札に際し、前記各他の入札者との間に、いづれも前示のごとき談合金の授受によりそれぞれ落札者となることを主眼として本件談合を為したもので業者の自衛上為されたものでなく、且つその談合金は記録上及び証拠上明らかなごとく各落札価格、各入札者の工事見積に要した費用との比較その他の諸事情を参酌考量して、単なる社交上の儀札若しくは同業者間の仁義として黙過さるべき程度のものではなく、社会通念上不当に高額であることを肯認するに充分であり、記録を精査しても右認定を妨げる事由を発見することはできない。

而して不正談合罪における不正の利益を得る目的ありとするには、公正なる価格と直接に関連あることを要するものでなく、公正なる価格を害するに至るべきこと従つてその認識があることを必要とするものでないと解すべきことはすでに論旨第二点に対する判断において説示したとおりであるから、被告人等の各談合は、当初から不当な額の談合金の授受により、落札者の地位を取引する目的を以て為されたものであつて、これを不正の利益を得る目的に出たものとして、不正談合罪の成立を肯定するに毫も差支はないこと、まさに検察官所論のとおりであるといわざるを得ない。

それ故原判決が被告人等の本件各談合は、これが不正の利益を得る目的を以てしたことを認めるに足りる証拠がないことを理由として、各被告人に無罪の言渡をなしたのは、前段に説示のごとく不正談合の罪に関する法律の解釈を誤りひいて事実の誤認を誤つたものというのほかなく、右の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠並びに当裁判所における事実調の結果によつて、直ちに判決をすることができるものと認められるので、原判決を刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第三百八十二条に従い破棄した上同法第四百条但書に則り更に裁判をすることとする。

当裁判所の認定する事実並びにこれを認めた証拠は次のとおりである。

(罪となる事実)

第一、被告人横溝正男、同古賀愛之、並びに原審における相被告人大津港、同鑪大次郎はいづれも熊本県鹿本郡山鹿町外三ケ村の各自治体の共同で施行された山鹿中学校新築請負工事の競争入札に際し、右自治体から指名された建築業者の代表的地位にある者であつたが、

(一)被告人田端乙彦は昭和二十四年二月中旬頃、被告人横溝正男が該工事を落札施行したい意向であることを知り、熊本市本庄町民生食堂に指名入札者五名のうち、被告人横溝のほか同古賀愛之、大津港の代理人岩崎義久、鑪の代理人緒方某を集合させ、同所において同人等に対し今回の入札に際しては横溝の出身地であるから是非とも同人に落札させて貰いたい旨述べたところ、他の業者も該工事施行の意思があり容易に話がまとまらなかつたので、横溝から談合金を提出させることにより同人に落札させることを折衝し、結局横溝から落札金額の三分に相当する金員を提供し、入札価格を金参百九拾八万円として同人を落札者とし、他の入札者は右入札価格より高価に入札し、その代りに右横溝から提供する金員の分配を受けることを勧説して関係者を之に承諾せしめ、後記(二)のごとき談合を為さしめ、以て不正の利益を得る目的の談合を教唆し、

(二)被告人横溝正男、同古賀愛之及び前記大津港の代理人岩崎義久、同鑪の代理人緒方某は、即日同所において、被告人田端乙彦の右勧説の趣旨に応じ(一)記載の趣旨通り不正の利益を得る目的を以て談合をなし、よつて同年二月二十八日施行の競争入札に際し、被告人横溝正男をして金参百九十八万円にて落札せしめ、同人から右三分に相当する金拾弐万円を交付させてそれぞれ之を被告人田端と共に平等に分配し、

第二、被告人横溝正男、同町野善次郎、同吉住義一、同小室徳松、同坂崎孚はいづれも熊本県が昭和二十四年一月二十一日施行した熊本中央保健所新築請負工事の競争入札に際し、指名された土木建築請負業者又はその代理人であつたが、

(一)被告人田端乙彦は同日前記被告人横溝正男の依頼により指名入札者六名のうち同被告人等五名を熊本市花畑町花畑公園に集めて、同人等に対し、今回の入札に際しては横溝を是非とも落札者にして貰いたい旨述べたところ、他の業者も該工事施行の意思が強く容易に妥結を見ないので、折衝を重ね、横溝をして談合金を提供させることにより同人に落札させることを申向け、遂に横溝から落札金額の五分に相当する金員を提供し、入札価格を金弐百九拾五万八千円として同人を落札者とし、他入札者は右価格より高価に入札し、その代りに横溝から提供する金員の分配を受けることを勧説して関係者を之に承諾せしめ、後記(二)のごとき談合をなさしめ、以て不正の利益を得る目的の談合を教唆し、

(二)被告人田端を除く爾余の被告人等は、右同所において、被告人田端の右勧説の趣旨に応じて(一)に記載の趣旨通り不正の利益を得る目的を以て談合をなし、即日熊本県庁内土木部監理課長室における入札に際し、被告人横溝正男をして金弐百九拾八万円にて落札せしめ、その頃同人より右五分に相当する金拾五万円を交付させてそれぞれ之を被告人田端と共に平等に分配し、

第三、被告人柳田静雄、同町野善次郎、同篠塚陽一、同田川鶴吉、同吉武進、同西田明義はいづれも熊本県が昭和二十四年九月一日施行した八代地方事務所新築工事の競争入札に際し、指名された土木建築業者又はその代理人であつたが、

(一)被告人田端乙彦は同日被告人柳田静雄の依頼により、前示被告人六名及び高藤建設株式会社代表者某等を熊本市桜町七番地の一、割烹岩永こと、岩永スミ子方に集めて、同人等に対し、右入札には柳田の代理する和久田建設株式会社に落札させて貰いたい旨述べ、同人に談合金を提供させることにより、同会社をして落札させることを交渉し、柳田から落札金額の三分に相当する金員を提供し、入札価格を金五百弐拾万円として同会社を落札者とし、他の入札者はこれより高価に入札し、その代りに横溝から提供する金員の分配を受けることを勧説して関係者を之に承諾せしめ、後記(二)のごとき談合をなさしめ、以て不正の利益を得る目的の談合を教唆し、

(二)被告人田端を除く爾余の被告人等及び高藤建設株式会社の代表某は、右同所において、被告人田端の右勧説に応じ、(一)に記載の趣旨通り不正の利益を得る目的を以て談合をなし、即日熊本県庁内土木部監理課長室における入札に際し、約旨通りそれぞれ入札し、被告人柳田の代理する和久田建設工業株式会社をして金五百弐拾万円にて落札せしめ、爾余の被告人等はその頃柳田から右三分に相当する金拾五万六千円を交付させてそれぞれ之を被告人田端と共に平等に分配したものである。

(証拠)

第一事実について、

一、被告人田端乙彦の司法警察員(第一回)及び検察事務官(第一、二回)に対する各供述調書

一、被告人横溝正男の司法警察員(第一、二回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、鑪大次郎の司法警察員(第一回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、被告人古賀愛之の司法警察員(第一回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、大津港の検察事務官に対する供述調書

一、岩崎義久の司法警察員及び検察事務官に対する各供述調書

一、原審第四回公判調書中証人岩崎義久の供述

一、村上二郎の検察事務官に対する供述調書

一、原審第四回公判調書中証人村上二郎の供述

一、宮崎巌の検察事務官に対する供述調書

一、原審第十九回公判調書中証人叶信吾の供述

一、同第二十回公判調書中証人小山亀友の供述

第二事実について、

一、宮崎巌の検察事務官に対する供述調書

一、被告人田端乙彦の司法警察員(第三回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、被告人横溝正男の司法警察員(第一、二回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、被告人町野善次郎の司法警察員(第一回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、原審第十四回公判調書中証人町野善次郎の供述

一、原審第十五回公判調書中証人黒葛原和蔵の供述

一、被告人吉住義一の司法警察員(第一回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、被告人小室徳松に対する検察事務官の供述調書

一、被告人坂崎孚の司法警察員(第一回)及び検察事務官に対する各供述調書

一、熊本県土本部監理課長提出の入札調書についてと題する書面

第三、事実について、

一、原審第十四回公判調書中被告人柳田静雄、同町野善次郎、同田端乙彦の各供述

一、同第四回公判調書中証人西田武雄、同西江清次の各供述

一、被告人田端乙彦の検察官に対する供述調書

一、被告人町野善次郎の司法警察員(第一回)及び検察官に対する各供述調書

一、被告人西田明義の検察官に対する供述調書

一、被告人柳田静雄の検察官に対する(第一乃至第三回)各供述調書

一、被告人篠塚陽一の検察官に対する供述調書

一、被告人吉武進の検察官(第一、二回)に対する各供述調書

一、被告人田川鶴吉の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

一、西田武雄の検察官(第一回)に対する供述調書

の各記載並びに当審における各被告人等の各供述(各関係事実につき)を綜合してこれを認定する。

法律に照すに、被告人等の判示各所為はいづれも刑法第九十六条の三第二項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、なお被告人田端乙彦の判示各所為は前示各法条のほか、刑法第六十一条に各該当するので、その所定刑中各罰金刑を選択し、また被告人横溝正男、同田端乙彦、同町野善次郎の以上の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから第四十八条第二項を適用し、同被告人等に対しては各罪の罰金の合算額範囲内において、その余の被告人等に対しては所定罰金額範囲内において、それぞれ主文の刑に処し、被告人等において右の罰金を完納することができないときは同法第十八条を適用し、金四百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、原審並びに当審において生じた訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条に従い、主文掲記のとおり被告人等に単独又は連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄 判事 岡林次郎)

検察官の控訴趣意

第一点原判決は左記の如き事実の誤認があり、該事実の誤認は判決に影響を及ぼすこと論なきを以て、原判決は破棄を免れないものと思料する。即ち本件公訴事実の要旨は起訴状記載のとおりであるが原審は該公訴事実に対し「不正の利益を得る目的を以て談合し」又は「不正の利益を得る目的」の談合方教唆しとある不正の利益を得る目的の点、公正なる価格を害する目的を以てする談合の点を除きその余の各公訴事実は全部これを認め「所謂公正なる価格を害し又は不正な利益を得る目的を以て右談合が為されたか否かについては公正なる価格が如何程に形成されるかも亦入札価格が所謂公正なる価格よりも入札施行者にとつて不利益な価格であるとの認識があつたか否かも又被告人等の入札価格が所謂公正なる価格に該るか否かについても証拠上之を窺い知ることか出来ないのみならず、かかる不正な目的即ち動機ないし意図があつたかどうかも之を認定する証拠が十分でなく又不正なる利益とは所謂公正なる価格との関連において認め得べきもので談合金の授受が不正の利益となる為には談合金の授受により公正なる価格が害されたことを証明しなければならないのに之を認定すべき証拠が一つも存在しない」ものとして無罪を言渡したが、これが法律的解釈については主として次項に譲り、まず事実関係につき証拠の有無を検討する。

(一)判示第一の山鹿中学校新築請負工事の競争入札の際に於ける談合については通称談合屋と称する被告人田端乙彦に於て被告人横溝が該工事を是非共落札したい意向であることを知り同人と相通じ昭和二十四年二月中旬頃熊本市本庄町花畑民生食堂に指名入札者五名中被告人横溝、同古賀愛之、同大津の代理人岩崎義久及び被告人鑪大次郎(死亡、公訴棄却)の代理人緒方等を集合せしめ同所に於て同人等に対し今回の入札に際しては横溝は山鹿出身だから是非共同人に落札させて貰いたい旨申述べたところ他の業者等は何れも右工事施行の意思を有し殊に右鑪大次郎は工事施行の熱望を有していた為容易に被告人横溝の希望は達せられなかつたので被告人田端が右横溝と他の業者との間を折衝しひつかけと言う方法で初めは落札金額の五分に相当する談合金を提供すべきことを申出でたが横溝が之を拒絶した結果田端の斡旋により漸く三分の談合金を出し横溝の入札予定価格を金三百九十八万円と内示し、他の業者等は何れも之に応じ該金額より高額に入札して横溝に落札せしめる様談合を遂げ、その結果被告人横溝は金三百九十八万円に入札し落札者と決定し、その頃談合金十二万円を被告人田端を通じて他の右被告人等業者に夫々金二万円宛分配したこと(記録中田端に対する司法警察員作成第一回供述調書六五丁乃至六九丁同人に対する検察事務官作成供述調書七一丁乃至七三丁横溝に対する司法警察員作成供述調書七八丁乃至八〇丁同人に対する同警察員作成第二回供述調書八四丁乃至九〇丁同人に対する検察事務官作成供述調書九二丁九三丁鑪に対する司法警察員作成第一回供述調書九五丁乃至九八丁、古賀に対する司法警察員作成第一回供述調書一〇五丁乃至一〇八丁同人に対する検察事務官作成供述調書一一〇丁一一一丁、大津に対する検察事務官作成供述調書一一二丁一一三丁、岩崎に対する検察事務官作成供述調書一一四丁一一五丁、村上次郎に対する検察事務官作成供述調書一二〇丁一二一丁同人の公判証人としての供述一五七丁一五八丁、宮崎巌に対する検察事務官作成供述調書一二三丁乃至一二五丁等参照)右ひつかけという言葉の意味は横溝の供述によると例えば三百万円の入札であれば之に三分ひつかければ三百九万円で入札しそのひつかけた分丈入札に来たものにやるということであること(記録中横溝に対する司法警察員作成第二回供述調書第七九丁裏八〇丁参照)被告人横溝に対する司法警察員第二回供述調書に「自分は談合がなく競争で行つたら三百五十万円位に入札していると思う、三百九十八万円に落札して十二万円をやつていますので実に三百八十六万円に落札したと同様であり競争で行けば三百五十万円位では落札出来ると思つていますが談合があつたため私は三十六万円位は儲けたことになる旨の供述の記載があること、従つて注文者は四十八万円の損害を受けたことになること、(記録八九丁裏乃至九〇丁参照)右各調書の記載によれば他の右被告人等も右事実は充分知悉しているところであつて、それ故出来る丈多くの談合金を提供させようとして被告人田端を介し横溝とその余の被告人等との間に折衝がなされていること等により夫々之を認め得る。

(二)判示第二の熊本中央保健所新築請負工事の競争入札の際に於ける談合については被告人田端は右横溝正男の依頼により昭和二十四年一月二十一日頃右工事の競争入札に指名された土木建築請負業者又はその代理人である右横溝の外被告人町野善次郎、同吉住義一、同小室徳松、同坂崎孚等を熊本市花畑町花畑公園に集めて同人等に対し横溝が是非右工事をやりたいというから競争入札を避け同人に譲つて落札させてくれと頼み、他の被告人等は当時何れも右工事施行の意思を有していたため容易に話がまとまらず種々折衝をした上前記のひつかけという談合方法をとることにし最初は一分の談合金を出すと申出たが他の者がきき入れず結局入札金額の五分を談合金として横溝がその余の被告人等に提供することとし且つその際横溝の入札予定金額を金二百九十五万八千円と指示しその余の被告人等は之に応じ、何れもそれより高く入札することに談合を遂げた結果右横溝をしてその頃右金額にて落札せしめて同人より右田端を介してその余の被告人等に一人金二万五千円宛合計金十五万円を分配したこと(記録中宮崎巌に対する検察事務官作成供述調書四〇三丁乃至四〇五丁田端に対する司法警察員作成第三回供述調書四〇七丁乃至四〇九丁、同人に対する検察事務官作成供述調書四一一丁乃至四一五丁横溝に対する司法警察員作成供述調書四一九丁乃至四二四丁同人に対する検察事務官作成供述調書四二六丁乃至四三〇丁、町野に対する司法警察員作成第一回供述調書四三五丁乃至四四三丁、同人に対する検察事務官作成供述調書四四五丁乃至四四七丁、吉住に対する司法警察員作成第一回供述調書四五〇丁乃至四五二丁、同人に対する検察事務官作成供述調書四五六丁乃至四五九丁、小室に対する司法警察員作成、第一回供述調書四六二丁乃至四六五丁同人に対する検察事務官作成供述調書四六七丁乃至四六九丁、坂崎に対する司法警察員作成第一回供述調書四七二丁乃至四七五丁、同人に対する検察事務官作成供述調書四七七丁乃至四八〇丁等参照)並に右横溝は談合しない前には入札書に金二六四万と記載していたが、他の被告人等より談合が出来たときに幾らに入れるかと尋ねられたので金二九五万八千円に入れると答えその金額に書き改めて入札し、その金額で落札した結果談合金十五万円を差引き十六万八千円儲けたこと、従つて注文者は三十一万八千円の損害を受けたこと、(記録中横溝に対する司法警察員作成第二回供述調書四二三丁乃至四二五丁参照)被告人坂崎孚は右入札に際し談合しなかつたなら落札金額はもつと安く出来たと思うと述べていること(記録中同人に対する司法警察員作成第一回供述調書四七五丁十六項参照)等により之を認め得る。

(三)判示第三の八代地方事務所新築請負工事の競争入札の際に於ける談合については被告人田端は被告人柳田静雄の依頼により右工事の競争入札に指名された土木建築業者又はその代理人である被告人柳田静雄、同町野善次郎、同篠塚陽一、同田川鶴吉、同吉武進、同西田明義等並に高藤建設株式会社代表者某を昭和二十四年九月一日頃熊本市桜町七番地の一割烹岩永こと岩永スミ子方に集めて同人等に対し右入札には右柳田の代理する和久田建設株式会社に金五百二十万円で落札させるため他の業者等は之より高く入札してくれ、その代り右入札金額の三分に相当する金額を柳田以外の被告人等に分配せしむる旨申向け他の被告人等は右田端の申出に応じて談合した上その趣旨に従つて各被告人とも夫々入札し右柳田をして金五百二十万円にて落札せしめ右同人よりその頃他の被告人等業者に一人当り現金二万円宛合計十五万六千円を交付させたこと、(記録中被告人柳田、同町野、同篠塚、同田川、同西田、同田端等の公判廷に於けるその旨の供述六二三丁、六二四丁参照)被告人田端の公判に於ける自分は依頼を受けてそのとおりやつたことは間違いない旨の供述(六二四丁参照)町野に対する司法警察員作成第一回供述調書四三五丁乃至四四三丁、西田に対する検察官作成供述調書六四二丁六四三丁、柳田に対する検察官作成第一回供述調書六四五丁乃至六四九丁、同人に対する同第二回供述調書六五一丁六五二丁(これによると業者の中には工事をとろうという希望を持たぬ人もあり中には悪くいうと談合金丈を目的としていた人もあつた旨の記載あり)同人に対する検察官作成第三回供述調書六五四丁六五五丁田端に対する検察官作成供述調書六六一丁六六二丁、町野に対する検察官作成供述調書六六四丁乃至六六六丁、篠塚に対する検察官作成供述調書六六八丁乃至六七〇丁、田川に対する検察官作成供述調書六七二丁乃至六七五丁、吉武に対する検察官作成第一回供述調書六七六丁乃至六七八丁、(これによると田川は請負つても仕事が出来ないので田端の申出によつて譲つてやつたとの供述記載あり)吉武に対する検察官作成第二回供述調書六八〇丁乃至六八二丁、西田に対する検察官作成第一回供述調書六八三丁乃至六八七丁、西江清次の公判に於ける証言七四五丁乃至七五四丁(これによると同人は入札価格が予算価格の三分の二-八割五分-以下であつた場合には失格せしめ予算を超過すれば入札をやり直すことにし業者には予算価格の中に充分適正な利潤を見込んでいると供述している)県の予算額は五二九万一千円であつたこと(六二九丁六三〇丁参照)等によつて之を認め得るのみならずなお被告人柳田に対する右第三回供述調書(記録六五八丁参照)によれば「私の会社は同族会社で兄が社長をしているが落札後大分たつた後、兄も薄々談合で工事を落札したことを感付いていた様で、その事実を話すと兄もそんなに談合金を出して落さんでも談合金丈低く入れたら取れたろうにと言つていた」旨の記載があること等によつて右談合が如何なる性質のものであつたかも判明する。以上の各事実より綜合すれば本件談合は何れの場合も不当価格を防止し営業上適正な請負価格の維持等を目的として為されたものではなく当初から被告人横溝同柳田等を落札者と決定することに主眼を置きその者の入札すべき最低額を決め他の入札人たる被告人等はそれ以上に入札することを協定しその間被告人等に於て談合金の取得を意企してなされ、その結果入札後談合金の分配を受くるに至つたもので然も自由競争によれば談合によつて入札する場合に比べてより低額で落札すべきことについて被告人等に十分な認識があつたことを認め得るのであり、この点は前記被告人等の供述調書に夫々その旨の記載があるのみならず右の談合がなかつたとせば判示第一の入札に際しては被告人横溝は三百五十万円程度で入札したであろうことは明かであり又判示第二の入札に際しては同被告人は二百六十四万円程度で入札したであろうことも明かであり判示第三の入札に際しては被告人柳田は少くとも右落札金額より談合金十五万六千円を差引いた程度以下の金額を以て入札したであろうことも疑いの余地なく結局工事施行者である右山鹿町外三ケ村並に熊本県としては本件談合入札によつて右差額丈不利益を蒙つたことになる筋合であり被告人等が以上のような内容の談合であることを知悉しながら敢て之に参加入札したる以上は正に公正なる価格を害し又は不正なる利益を得る目的を以て談合したものと謂わざるを得ず(昭和二七年(う)第七九六号、第七九九号昭和二十八年五月二十二日言渡福岡高裁宮崎支部判決参照)本件公訴事実は何れも右のとおりその証明十分であると思料せらる。

然るに原判決に於ては被告人等に公正なる価格を害し又は不正な利益を得る目的があつたか否かにつき判示第一の入札については前掲横溝の司法警察員に対する供述調書中「談合でなく競争で行けば三百五十万円位に入札していると思うが談合の結果三百九十八万円で落札し談合金として十二万円出しているので競争入札で行くより三十六万円儲けたることになる」旨供述しており公正なる価格を害する目的があつたように認められるが右三百五十万円位が所謂公正なる価格に当るか否やについてはこれを認めるに足る何等の証拠なく又談合が行われずして競争入札をした場合同被告人の入札価格が三百五十万円位であることについては同被告人の右供述以外何等これを補強するに足る証拠がないとし、又判示第二の入札については前掲横溝の司法警察員に対する供述調書中「自分は当初入札書に二百六十四万円と書いたが談合の結果二百九十五万八千円と書き改めて入札して落札し結局談合金五十万円を差引き十六万八千円だけ儲けたことになる」旨述べており右供述によると同被告人に公正なる価格を害する目的があつたように窺えるが右二百六十四万円が所謂公正なる価格に当るか否かについてはこれを認定すべき何等の証拠もなく又被告人横溝の当初の入札価格が二百六十四万円であつたことについてはこれ又同被告人の右供述以外にこれを補強するに足る何等の証拠がなく判示第三の入札についても亦関係被告人等に所謂公正なる価格を害する目的があつたか否かについても結局之を認定するに足る何等の証拠も見当らない、とし結局犯罪の証明がないとして無罪を言渡したが斯る犯罪の動機、目的若しくは犯意等の如く犯罪の主観的要件に関するものについては補強証拠を要せず自白のみによつて之を認定することが出来るとすることは幾多の判例(例えば昭和二十五年七月十七日東京高裁判決、同年八月十一日福岡高裁判決高裁刑事判例集第三巻第三号三七七頁等参照)の存するところであり結局原判決は本件公訴事実を認定し有罪とするに足る証拠が十分であるに拘らず事実を誤認して証拠なしとして無罪を言渡したものであり破棄を免れないものと思料する。

第二点原判決は左記の如き法律の適用に誤りがあり、該違法は判決に影響を及ぼすこと論なきを以て、またこの点においても、とうてい破棄を免れないものと思料する。即ち原審の刑法第九十六条の三第二項にいわゆる「公正なる価格を害する意義」についての解釈は、ただ表現上大審院の判例(昭和一九年四月二八日言渡)の文言を再現しただけであつて、それ自身としては正しいが原審が大審院判例をいかに理解しているかは必ずしも明かではない。また右大審院判例ならびにこれを受けついだ最高裁判所判例(昭和二八年(あ)第一一七一号昭和二八年十二月十日言渡)自体も、その意義は必ずしも明確だとはいえない。そして被告人等の本件談合行為が判例にいわゆる公正なる価格を害するものであるとの証明がないと判断した原審判決を検討すると原審は自由かつ公正なる競争が行われた場合に成立するいわゆる公正なる価格というものを具体的な価格と解釈しているように推測される。しかし公正なる価格は観念的価格であつて具体的価格ではない。大審院や最高裁判所の判例の内容は必ずしも明確とはいえないが、同様観念的価格と解しているものと思われる。談合の結果業者間に落札者が定まり、落札者の入札金額も決定され他の者は、これよりも高価に入札することが決定された場合においては競争入札の事実はないのであるから自由かつ公正な競争が行われた場合に成立するであろうところの具体的な公正価格なるものは存立することが不可能なのである。法律がかかる具体的に存在しないところの公正価格を基準として公正なる価格を害したか否かを判断し、犯罪の成否を決するものとは解し得ないところである。被告人は黙秘権を有するのであるから自由かつ公正な競争が行われた場合に、いかなる金額にて入札するつもりであつたか、これを供述する義務も存しないし、また、かかる人の内心的な事実を立証することは不可能に近い。仮りに自白したとしても自白内容の真偽は不明である。仮りに一応、その自白は真実だとしても、それはあくまで仮定であつて、真に自由かつ公正な競争を行わぬ場合に、その仮定入札価格で入札するか否かは全く不明といわざるを得ない。また談合が行われた場合においては、仮定の入札価格すら考えない業者もあるであろう。以上の如く具体的数額の入札価格は現実には存在しないし、かつ、かかる具体的な公正価格は算定することも不可能である以上、かかる具体的な公正価格(これも現実には仮定にすぎない)を基準にして犯罪の成否を決することは、非合理のはなはだしきものであり、刑法法規の客観性(現実に表現されない被告人の内心的事実のみによつて犯罪の成否を決せんとする法解釈の態度がこれに反するのである)ないしは刑法法規の法的安定性よりいつてもとうてい是認することはできない。一方かような具体的な価格を要求することは不能を強いることであるから、かく解する以上時弊を粛正するために設けられた刑法第九十六条の三の規定は一片の空文に化し終るであろう。あに、かかる理あらんやである。

以上論じたが如くいわゆる公正なる価格なるものは具体的な価格ではなく入札が自由かつ公正な競争のもとに行われた場合に成立する観念的価格である。観念的な価格である以上その数額を明示することはできないし、また明示する必要もない。かように具体的数額が存在しない点が観念価格の観念価格たるゆえんである。従つて公正な価格を害するとは、この観念価格を害するという意味にほかならない。公正なる価格が観念価格である以上公正なる価格を害するという場合の害するという義も抽象的に換言すれば観念的に害するという意味に解しなければならない。従つて侵害の内容、程度を数字的に表現する必要もないし、かつ、かかることはさきに詳論したように不可能なことである。従つて害するとは談合の内容である落札価格が自由かつ公正なる競争のもとに行われた場合に成立する観念的な公正価格よりも高いという蓋然性があれば良いことになるのである。以上の如く解すれば刑法第九十六条の三第二項にいわゆる公正なる価格を害する目的とは談合の内容である落札価格がいわゆる公正価格よりも高い蓋然性があることを認識しておれば(それは未必的でも良い)良いのであつて、具体的に数額的にいくばくの金銭的数額の開きがあるかを認識する必要はない。このことは物価統制令違反において公正価格を適確に認識している必要がない場合と同様である。(大審院刑事判例集第二十巻第五八六頁)以上の如く解すれば、さきに第一事実の誤認の項において掲記した証拠により被告人等は公正なる価格を害する目的をもつて談合し、かつ後述するが如くあわせて不正なる利益を得る目的をもつて談合した事実は、その証明充分であるといわねばならない。原審は法律の解釈適用を誤つた結果ひいて事実の誤認を為したものといわけなればならない。

次に刑法第九十六条の三第二項にいわゆる不正なる利益とは、いかなる意義を有するであろうか。原審はこの点に関し不正の利益とは競争入札制度の下において自由、かつ、公正なる競争が行われた場合形成せらるべき所謂公正なる価格を害するにいたるべき利益をいうといつているが、原審は、これが法文上の根拠または、その論理的根拠を示してはいない。この意味において、原審の法律的見解は独断以上のなにものでもないのである。原審のかような解釈は明かに法の字句に反するばかりでなく、また何等の合理性をも発見することはできない。もし、かように解するならば、すでに公正なる価格を害する目的を有する談合が犯罪として禁止されている以上、同条第二項後段の規定は、まつたく無用な規定であるからである。しからば公正なる価格を害する目的と不正の利益を得る目的とは全然無関係かといえば決してそうではない。原審が、この二つの目的に関連性を認めたことは正しいものを含んでいる。しからば、いかなる関連性を有するかといえば、同条第二項の不正談合罪は一個の犯罪であつて、公正なる価格を害する目的をもつて為される不正談合罪と不正の利益を得る目的をもつてなされる不正談合罪と二つの不正談合罪を規定したものではない。それは一個の不正談合罪の態様の相違である。従つて公正価格を害する不正談合罪もあれば、不正の利益を目的とする不正談合罪も存するし、または、両目的併存の不正談合罪も存するのである。しかし不正談合罪そのものとしてはあくまで一個の不正談合罪が存するのみである。これと同性質を有するものは刑法第二百三十六条の強盗罪である。同条第一項の強盗罪は一個の強盗罪を規定したものであつて、暴行による強盗もあれば脅迫による強盗も存するし、暴行し脅迫を併用する強盗罪も存するのである。これと不正談合罪とは、まつたく同性質のものであること前述のとおりである。従つて関連性なるものも一個の犯罪内における態様の相違、換言すれば態様の相違こそあれ、一個の犯罪であるという意味と範囲においてのみ関連性を有するのであつて目的それ自体としては、まつたくの独立した目的であつて、他の目的と関連性のないことは、かの強盗罪において暴行と脅迫が手段としては、まつたく独立性を有する場合と同様である。この点についても原審は法律の解釈を誤つたものといわなければならない。しからば、不正の利益の不正とは、いかなるものを指すであろうか公の競売または入札の場合において、入札者が談合して落札者を決定し、かつ落札価格を決定することは、自由かつ公正な競争のもとに落札者と落札金額を決定せんとする公売の本旨に背馳するものであつて、不正な行為であることは一点疑う余地はないのである。しかも、かかる不正行為のために悪質な不労所得を目すべき談合金を授受することは、その不正を更に悪質高度化するものであればこそ法律は可罰的違法行為として、これを禁止したのである。これ刑法第九十六条の三第二項の立法趣旨なのである。ことに私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の施行後においては談合の不法性は更に倍加したものといわなければならない。従つて不正談合罪に関する刑法の解釈適用においても前記私的独占禁止法の立法精神を加味しなければならない。以上の諸点を更に次に詳細に論述することにする。

犯罪とは法益を侵害し、または法益侵害の危険性を有する行為である。行為を評価する場合において法益の侵害性を重視することは正しい。しかし犯罪が不法類型的行為である以上行為の有する文化的意義を軽視することは許されない。刑法における可罰的違法類型は観念的に考えられた行為類型ではなく、社会学的行為類型を前提とするものであり、その可罰性も文化規範違反性において捉えてあること小野博士の指摘されるとおりである。

さて、右の入札に際して業者が談合をなし、競争入札の実を失わしめその間談合金の授受をなすばかりか、工事の不正は枚挙にいとまなく、その弊害は極度に達し、ついに刑法第九十六条の三が新設されたのである。かくの如く競争入札の実を失わしめ、その謝礼としての談合金の授受が幾多の弊害を産み、社会学的に、文化規範違反として不法と目されていたればこそ、それを、そのまま刑法上の可罰的違法行為にまで高めたのである。そして、不正利益を得る目的を有する談合の場合には、公正なる価格を害する目的を不要として規定したのである。談合金が授受される場合においては、特別の事情のない限り落札価格は談合金を加算して計算されるか(本件刑事事件はまさに然り)工事の施行において加減されることは必定であるから形式的に公正なる価格を害するか実質的に公正なる価格を害するにいたるのである。しかし法律は不正の利益を得る場合においては公正なる価格を害することを条件とせず、公の入札に際し不正の利益を得る談合行為自体の反文化的、反社会的性質を重視し、公正な価格の侵害性換言すれば法益の侵害性は抽象的危険性の存在をもつて足るものとして規定したものと解釈するのが妥当である。このことは同条第一項の犯罪は入札施行者の利益を害したことを必要とせず公の競売又は入札の公正を害するおそれのある行為を処罰している法意よりも、このことを肯定し得る。原審が刑法第九十六条の三は公正なる価格を担保する規定であることを前提として公正なる価格の侵害性を要件としているのは、その前提において正しいものを含んでいるが(正しくいえば刑法第九十六条の三は公の競売又は入札の公正を担保する規定である)結論において誤つているといわなければならない。犯罪は法益を侵害する行為であるが、その侵害の程度は、法律は犯罪の性質に応じ、現実的に法益を侵害することを要件とする場合もあるし、あるいはまた侵害の危険性をもつて足る場合も存する。またその侵害の危険性も具体的危険性を要件とする場合もあるし、抽象的危険性をもつて足る場合も存する。従つて、原審としては法益侵害の危険性をもつて足れりとせず、なにゆえに法益侵害性そのものを要件とするかを明かにする責務が存したのである。

原審は不正の利益の例として落札者が談合金捻出のため自己の実費に相当の利益を加えたものに更に談合金を加算したものを落札金額とするが如き場合をいうのであるといつている。これは換言すれば談合金が注文者の損失において支払われる場合に不正性を帯びるという議論である。しかし不正なる文字を、かかる意義に限定せねばならぬ理由はない。また談合金が注文者の損失において支払われる意図であつたか否かは人の内心的事項であつて、その証明はきわめて困難である。かかる内心的意図の有無によつて犯罪の成否を決定することは刑法の客観性に反し、かつ罪刑法定主義の精神にも反するもので、刑法がかかる趣旨のもとに規定されているものとは到底解しえない。原審は上述の如く自己の実費に相当の利益を加え更にこれに談合金を加算する場合が不正な利益であるといつているが実費の計算は、きわめて困難である。原審は、簡単に実費の計算が可能であることを前提としているが、談合罪の場合は将来における実費計算ということになるのであるが将来における実費の計算は、物価は常に変動しているし、資材の購入は物量の多少、業者の信用資力、代金支払方法、相手方の物価の変動に対する思惑等幾多の経済上の条件如何によつて差異を生ずるのであるから、その計算は容易ではない。従つて原審の法律的見解は刑法学的立場よりするも不当であるばかりでなく、経済的実情よりするも不当であることが明かである。

競争入札は自由かつ公正な競争が、その生命である。業者は自己の利益を擁護するためには、自己が欲する価格を入札することによつて、その利益を擁護すれば足り、また、自己の欲する価格を入札することによつて、その利益を擁護すべきである。他の業者と談合することは、全く無用有害なことである。業者は自己が欲する価格を自由に選択して入札する自由があることから、他の入札者と協議して入札価格を決定する自由が存するものではない。それは競争入札そのものを否定する行為であるからである。かように連合行為が不法性を帯びる例は、これを私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第二条第三条にも求めることができる。また公職選挙法においては、選挙人が何人に投票するかは自由であるとしても特定候補者に投票することを依頼され、これが謝礼として金銭の供与を受くる行為は犯罪として処罰せられるのである。これは選挙の自由と公正を害するからであり、彼は公の競売又は入札の自由と公正を害するからである。

公の競売又は入札に談合を許すことは競争入札の意義を没却し百害あつて一利なきものである。ことを本件の如き土木工事に例をとつて論ずるならば、むしろ入札制度を廃止し、官公署は業者と個別的に折衝し、資力、信用、誠実性、技術の優秀性等を勘案し、最も適当なる者を自由かつ公正に選択し専門家による公正なる鑑定価格によつて工事を請負わしめることが最も妥当である。もし、かくするならば不良業者は一掃され、土木技術は向上し、工事の施行は誠実に行はれ、社会の受くる利益は蓋し甚大なものであろう。小は個人の家屋の建築、または土建工事の請負においては入札の方法によらないのは入札制度がいかに利益のないことを雄弁に物語るものである。しかるに官公署の場合においては、国民の犠牲において安価な入札方法が行われている。この入札も自由かつ公正な競争のもとに行われるならば、一つの意義(経営の合理化、技術の向上)がないわけではないが、談合が行われるならば、制度として全くその存立の意義は存しないのである。従つていやしくも公の入札の場合において競争入札の実を失わしめて談合金、その他経済上の利益を取得しあるいは、いわゆる公正価格以上に落札して、その差額の利益を取得する目的をもつて談合した場合においては、いわゆる不正の利益を得る目的が存することは明かであり、かかる行為は可罰的違法行為と目するに充分である。前掲福岡高裁宮崎支部は、いわゆる不正な利得とは談合金の分配、工事請負順序の決定、その他一般に経済上の利益と目されているものを意味するといつている(福岡高検判決速報第二五一号)また朝鮮高等法院が大正六年五月十日連合部判決をもつて談合行為を詐欺罪をもつて処断した事実は注目に値するのである。

右の如く解するならば前記第一事実の誤認の項の掲記証拠により被告人等が不正の利益を得る目的をもつて談合した事実は、その証明は充分である。しかるに原審が、その証明なきものとして無罪を言い渡したのは不正の利益に関する法律の解釈を誤り、ひいて事実の誤認をなしたものといわなければならない。

以上の如く原審は法律の解釈を誤り、ひいて事実を誤認した違法があり、以上はいずれも判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決を破棄し、更に相当なる裁判をなすべきものと思料する。

被告人横溝正男の弁護人牧野良三外二名の答弁

第一点に対する答弁

一、趣意書は、第一点の冒頭に於て、即ち本件公訴事実の要旨は、起訴状記載の通りであるが、といい、起訴状をその侭認めている。然るに本件の起訴は、そもそもその起訴状に根本の誤りがあり、控訴人の誤解もまたこの点にある。

一、即ち起訴状は、いやしくも談合の事実があり、且つ談合金の授受があれば、それで当然に刑法第九十六条ノ三第二項の犯罪の成立があるものであるとなしている。しかして本件の司法警察官の供述調書も、検察官の供述調書も共に、同一趣旨から作成されており、従つて本件の談合が、果して刑法第九十六条ノ三第二項所定の動機の下になされたかどうかの点、即ち本条の規定する目的意思を以てなされたものであるかどうかの点については、調書上全然明かにせられていない。そして起訴状も亦全く同様である。これ原判決が、本件は結局犯罪の証明がない、となして、無罪の判決をなしたゆえんである。

一、趣意書第一点の(一)ないし(二)は何れもこの誤りに出でるものに外ならない。

第二点に対する答弁

一、控訴人は趣意書第二点において、本条に公正な価格及び不正な利益とは如何なるものであるかを論じ、しかる後、公の競売又は入札に談合を許すことは、競売入札の意義を没却し、百害有て一利なきものである(十四枚裏)と、論断していることは、いはゆる談合なるものの本質に対して全く理解を欠くものであり、従つてまた、刑法第九十六条ノ三第二項を誤解するものに外ならない。

よつて、以下簡単にこれを明かにしたい。

一、原審判決の誤解と談合の基本的観念

一、談合は、如何なる場合においても善いことではない、それは労働の世界においてストライキが善いことでないのと全く同じである。しかし、誤つた労働者の使用の下にストライキが止むを得ない事実であるように、濫用された競争入札に対して、これが対抗手段として談合の行われることは、また止むを得ない事実として認めざるを得ない。しかしそれは、止むを得ない場合にとどまるべきであつて、如何なる場合といえども、公正な価格を害する目的を以てしたり、不正な利益を得る目的を以てする場合において認められるべきものでないことは、いうまでもない。

一、競争入札による請負契約とは、注文者が自分のために最も有利な条件を求め、その最も有利な条件を提出するものと契約を締結せんとする方法である。(学説及び判例を略す)しかしてその最も有利な条件ということは、内容が極めて広義であつて、或は金額の安いということを主たる目的とするものがあり、工事の特別優秀なことを主たる目的とするものがあり、或はまた金額と工事の両者を目的とするものがある等、人により、物により、場所により、必ずしも一様でない。しかし、ここに国家が制度として認める競争入札は、常に適正な工事に対する公正な価格を目的とするものであることについては疑をいれる余地がない。しかもこの公正なる価格なるものが、人により、場所により、異る事情があるから、これを入札により競わしめるということが、この制度の本来の趣旨である。少く共かく解することが、公の秩序、善良の風俗上正しい観念であるとおもう。

一、しかるに競争入札の制度は、自然の勢として一種の情弊を馴致し、注文者は徒に落札価格の低からんことを欲し、これを欲して止まないと同時に入札者はまた只管落札者たらんことを欲し、これを欲してやまない結果、徒に最低価格を競つて、止まないというのが事情である。かくの如くにして、今や競争入札制度は、目的とする工事の公正、不公正を外にして、ただ最低価格をのみ目的とするもののような観念を馴致するに至つたことは、深く注意しなければならない点である。

一、若しも競争入札の制度が、その制度本来の性質の通りに維持されているならば、請負業界に所謂談合というようなものは生れる筈がない。仮に生れ出たとしても、成長する筈のものではない。何となれば、最低価格が必ずしも落札価格とならないということになれば、最低価格を協定しても何等意味がないことになるからである。しかるにこの制度が、制度を利用するものの手によつて、いつの間にか濫用が始められ、ただ安い、安いと、安きに向つて最低価格を競わせるもののように変質せしめられるに至るや、ここにその弊に堪えかねた業者の間に、自然に発達するに至つたものが業者の協定即ち談合に外ならないのである。

一、いま現に行はれている競争入札制度を見るに、唯だ一人の注文者の利益のために、多数の業者を相競はせ、相闘はせ、その相競ひ、相闘う結果を、ただ一人の注文者のみが利せんとする制度とせられている。かくの如き制度が、如何に社会を毒し、業界を堕落せしめてために、涜職事件の頻発となり、不正工事の続出となりつつあるか、まことに知るべきだとおもう。かくの如くにして談合とは、この不当な競争入札制度に対して行はれる業者の対抗手段として発生したものであつて、止むを得ざるに出でた業者の自衛行為である。これを認めたものが大審院の判例であり、刑法第九十六条ノ三第二項であり、昭和二十五年二月二十三日の検務第四八二八号法務府検務局長発、検事総長、検事長、検事正宛通牒であつて、原審判決は、これ等の趣旨に従つたというに過ぎない。

二、近代立法の特徴

一、競争入札制度は、控訴人も認めるように、自由主義経済の下において認められた個人主義の制度であつて、個人の実力を最高度に発揮せしめんとすることを旨とするものであることについては疑がない。いうまでもなく自由主義経済は、所有権の絶体性と契約自由の原則とを基本とするものであつて、この思想はフランスの人権宣言に発し、一八〇四年のフランス民法となり、ここに十九世紀法律文化の一大発展を見るに至つたものである。

一、しかるに、右の二大原則の基礎に立つ個人主義的自由主義経済は、その発展と共に漸くにして国民の社会生活をおびやかし、ために幾多の社会問題を惹起するに至るや、ここに所有権の絶対性と契約自由の原則とに対して、社会生活維持の見地から、或る種の制約が加へられるようになつた。これを明かにするものが即ち一九〇〇年のドイツ民法である。同法は、所有権の絶体性及び契約自由の原則に対して更に高次の原則のあることを明かにし前者に対しては公の秩序善良の風俗を、後者に対しては信義誠実の原則を規定した。これ個人の上に社会のあることを認めたものであつて、社会の利益のためには個人の所有権を適当に按排し契約の自由に対しては或る程度の条件を付し、以て、個人の自由生活に対して社会的限界を明かにしたのである。かくの如くにして、ここに現はれたものが幾多の近代的判例であり、また多くの社会立法である。しかして、この事実を明瞭且つ有力に法規の上に明かにしたものが一九一九年のワイマール憲法である。同憲法が「所有権は義務を伴う」「所有権は公共の福祉のために使用せられなければならない」という規定をすらなすに至つたことは注意すべき事実である。

一、右は十九世紀の法律文化から二十世紀の法律文化への発展を示すものであつて、今やそれが遂に日本国憲法の幾多重要な規定となると共に、新民法は、第一条(公共ノ福祉、信義誠実)「私権ハ公共ノ福祉ニ遵フ権利ノ行使及ビ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス権利ノ濫用ハ之ヲ許サズ」というが如き規定をすらなすに至つた。

一、競争入札に対する刑法第九十六条ノ三第二項の規定は、まさにこの法律文化発展の過程になる新立法であつて、個人主義的自由主義の下に認められた競争入札制度に対して、社会生活上の見地から或る種の対抗手段を容認するに至つたものに外ならない。しかし、これを容認するに当つても無条件なることを許さない。ここに一定の条件を明かにして公序良俗を守り、信義誠実に欠けることのないことを期し、「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ナ利益ヲ得ル目的」を以てする談合を禁じこれが処罰を明かにしたのは、このためである。

検事の控訴趣意書は、ひつきよう、この立法進化に対する考慮を欠き、徒に過去の思想に囚はれたものに外ならない。

三、判例の変遷

一、いまここに参考の為め談合に関する判例を見るに、当初は控訴人の主張するように談合有罪論が大勢を制していたのであつた。しかるに、その後に至り、これを詐欺を以て律することに対して有力なる反対論を生じ、この点に関して研究が進められるに従つて、談合無罪論が圧倒的となるに至つたものである。

一、談合無罪論には二つの流れがある。その一は、談合は注文者を欺くけれどもこの行為は違法性を欠くとなすものであり、その二は談合は注文者を欺くものではなく、少くとも欺く意思を有せず、ただ自己の正しいと信ずる価格を主張せんとする対抗手段に過ぎないとなすものである。後者に属するものは大正八年二月二十七日大審院の二個の判例と、大正六年九月三日及び同年十一月三十日の台湾覆審法院の判例である。その趣旨とするところは「入札者連合ニヨル協定入札ハ注文者ニ対シ価格ノ量定ヲ誤ラシムル手段ニアラズシテ入札者ガ自己ニ利益ナル価格ノ主張方法ナリト解スルヲ相当トス」となしている。之に対し前者に属するは、昭和六年七月三十日及び昭和十一年二月十七日の朝鮮高等法院の判決であつて、同法院は、それまでは、大正六年以来談合詐欺論を支持して来たのであつたが、談合における「欺罔手段の施用」と「注文者側の錯誤」の二点は依然として維持しながらも業者もまた「営業権に伴フ自存ニ必要ナ行為ハ許サルベキヲ以テ………単ニ営業上適正ナ価格ヲ維持スル趣旨ノミノ談合ヲ為スハ、請負業者ノ営業権ノ範囲内ニ於テ許サレタル行為ト認ムベク、従ツテ公序良俗ニ反セズ刑法第三十五条ニ所謂正当行為ト認ムベシ」となし、「以上ノ理ハ協定ノ手段如何ニヨツテ差異ナシ」、従つて違法性を欠く故に犯罪を構成するものにあらずとなした。

一、右のように、判例の説くところは二つに分れるものの、談合協定の行為が、業者の自衛上許された行為であるとする点においては、共に一致して之を認めるところである。要するに控訴人の主張は、全く過去の素朴な個人主義的自由主義の思想に属し、近代法制に於ては全然認めらるべきものでないことが明かである。

四、談合に対する立法の経過

一、以上かくの如くにして、談合行為の競争入札制度に於ける関係は、一方に於ては法律進化の点より、他方に於ては談合の本質とその機能の点より、何れも従来とは全く異つた見解と取扱を受けることとなり、ここに刑法第九十六条ノ三第二項の規定を見ることになつたものである、

一、しかし、ここに注意すべきことは、改正案の原案は控訴人の主張するような談合即犯罪論であつたことである。ところが、これが一と度び帝国議会の議に上るや、重大な問題を惹起し、特別委員会において慎重に審議を重ねられた結果、現行規定の如く修正せられるに至つたものであつて、この事実は、控訴人の深く銘記せられなければならない点である。よつてここに、その審議の経過を明かにする。

一、本件立法の審議の経過

(一)政府は昭和十六年二月六日、第七十六議会に対して、刑法中改正法案を提出した。即ち左の通りである。

第五章 公務執行ヲ妨害スル罪

第九十六条ノ三

偽計若クハ威力ヲ用ヒ又ハ談合ニヨリ公ノ競売又ハ入札ノ公正を害スベキ行為ヲ為シタル者ハ二年以下ノ懲役又ハ五千円以下ノ罰金ニ処ス

(二)右の議案は二月十九日、貴族院を通過し、同日衆議院に送付された。

(三)右議案の送付を受けた衆議院は、委員会において重大な論議を生じ、談合を「偽計若クハ威力ヲ用ヒ」た入札と同一に取り扱うことは、明かに判例の趣旨に反するのみでなく、談合の本質を誤解する不法なものである、となした。そしてこの点は政府もまた遂にこれを承認するに至つた。しかし同時に、委員会もまた、談合には幾多の弊害のあることを認めこの点に関して政府との間に質疑応答を重ねた結果、ここに修正案を作成することになつた。即ち、政府原案中「又ハ談合」とあるを削つて、別に第二項を設け「公正ナル価格ヲ害スル目的ヲ以テ談合シタルモノ亦同ジ」という一項を加へたのである。即ち談合なるものは、業者自存の為め必要な営業上の行為ではあるが、公正な価格を害することを目的としてなす談合は許すべき限りでない。依つて、かかる目的意志を以て行はれる談合は、刑法上犯罪を構成する。然らざる談合は自存の行為として刑法上問題となすべき限りでないとされたのである。

(四)右の修正案が、二月二十七日衆議院で可決されて、貴族院へ送られた。

貴族院は右衆議院の修正案を認めたが、同時になお修正すべきものがあるとして、両院協議会の議に付することとなつた。

(五)両院協議会においては、「公正ナ価格ヲ害スル目的」を以てする談合の外「不正ナ利益ヲ得ル目的」を以てする談合もまた同一に取扱うべきものであるということに議が一致しここに第二項を「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ノ利益ヲ得ル目的ヲ以テ談合シタルモノ亦同ジ」と改め、全会一致で議決された。

(六)二月二十八日、右両院協議会の修正案が両院で各々全会一致可決成立し、ここに現行規定となるに至つたものである

一、以上の経過を見ると、本件控訴人の主張の誤れることが一層よく理解せられるであろうとおもう。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例